お茶のものさしとは、特定の店の中だけでなく、店を越えて使える、お茶の品質・好み・用途・価格を自分で判断するための基準のことです。
お客さまの中に「お茶のものさし」をつくる
mirumeの目的は、ただお茶を飲んでもらうことではありません。
お茶を飲むこと。
お茶が好きであること。
お茶について知っていること。
そして、自分の好みでお茶を選べること。
これらは、同じではありません。
もし、ただ飲んでもらうだけで人がお茶を好きになるのなら、日常的にペットボトルのお茶を飲んでいる人は、すでにみんな「お茶好き」になっているはずです。
ペットボトルのお茶は、お茶を日常の中で気軽に飲めるものにしました。その役割は、とても大きいものです。
一方で、mirumeが担いたいのは、その先です。
知ることは、好きになることの始まりだと、mirumeは考えています。
ただ飲んでもらうだけではなく、知ってもらう。
二つのお茶を比較し、違いに気づき、自分が何をおいしいと感じるのかを知ること。そして、次の一杯を自分で選べるようになることです。
だからmirumeは、比較してもらうのです。
これは若い世代だけの問題ではない
日本茶について語るとき、しばしば、
「最近の若い人は、ペットボトルでしかお茶を飲まない」
「最近の子どもは、急須を見たことがない」
と言われます。
しかし、mirumeの店頭に立っていると、日本茶を知らないことは、世代だけの問題ではないと感じます。
若い人だけでなく、長年お茶を飲んできた人の中にも、
- ほうじ茶と玄米茶の違いを知らない
- 煎茶にもさまざまな味があることを知らない
- 高級な煎茶を低い温度で淹れることを知らない
- 自分が旨味、渋味、香りのどれを好むのか分からない
という人は少なくありません。
それは、その人がお茶を大切にしてこなかったからではありません。
比較する機会も、違いを知る機会も、与えられてこなかったからです。
かつて多くの家庭に急須があり、毎日お茶が淹れられていた時代にも、同じお茶を同じように飲み続けることはあっても、複数のお茶を比べながら、自分の好みを知る機会は多くありませんでした。
急須で飲まれていたことと、日本茶への理解が深かったことは、必ずしも同じではありません。
問題は、若い世代がお茶を知らないことではなく、日本茶業界全体が、飲む人にお茶の違いを伝え、自分で選べるようにする方法を十分につくってこなかったことです。
店の中でしか通用しない基準
お茶には、「煎茶」「上煎茶」「特上煎茶」といった商品名があります。
しかし、これらは多くの場合、その店の商品体系の中で使われる相対的な基準です。
A店の特上煎茶と、B店の特上煎茶が、同じ品質や同じ味を意味するわけではありません。A店の特上煎茶が、別の店では並級の商品に相当することもあります。
「煎茶と上煎茶では、何が違うのですか」と尋ねたとき、「高い方が、旨味が強くてまろやかです」という説明にとどまるお店も少なくありません。
それぞれの店の中では、商品を選ぶための目安になります。
しかし、その店を離れれば使えない基準でもあります。
従来のお茶屋は、
「こちらが良いお茶です」
「こちらが特上です」
「この価格帯がおすすめです」
と、店側の判断をお客さまに渡してきました。
その店を信頼して買うことはできます。
けれど、お客さま自身の中に、
- 別の店ではどう選べばよいのか
- 高いお茶の何が優れているのか
- 自分は何をおいしいと感じたのか
- 品質と好みはどう違うのか
を考えるための基準は、残りにくいままでした。
店への信頼はつくられてきた。
しかし、店を越えて使える「お茶のものさし」は、十分につくられてこなかった。
mirumeが解決したいのは、ここです。
比較することで、違いは初めて輪郭を持つ
一杯のお茶だけを飲んで、その特徴を理解することは簡単ではありません。
おいしいか、おいしくないかは分かっても、
- 何がおいしかったのか
- 別のお茶と何が違うのか
- 自分は何を好んでいるのか
までは分からないことが多いからです。
二つのお茶を並べると、違いが輪郭を持ちます。
被覆して育てた茶と、露地で育てた茶。
蒸してつくった茶と、釜で炒ってつくった茶。
浅蒸しの煎茶と、深蒸しの煎茶。
一煎目と、二煎目、三煎目。
比べることで、
「こちらの方が旨味を強く感じる」
「自分は、こちらの香りの方が好きだ」
「渋味がない方が良いと思っていたが、この渋味は心地よい」
「高い方よりも、こちらの方が自分には合っている」
と、自分の感覚を知ることができます。
比較の目的は、正解を当てることではありません。
店の評価を覚えてもらうことでもありません。
自分が何をおいしいと感じるのかを、自分で判断できるようになることです。
mirumeでは、比較を接客の基本単位にしている
この考え方は、理念として掲げているだけではありません。
mirumeでは、物販のお客さまに試飲を出す際、原則として二種類のお茶を用意します。
一種類のお茶を「おいしいでしょう」と勧めるのではなく、性質の異なる二種類を飲み比べてもらい、違いと好みを確認します。
カフェを利用し、すでに注文したお茶を飲んでいるお客さまにも、原則として、さらに二種類の試飲を出します。
お茶の淹れ方を説明するときにも、注文されたお茶やお客さまの興味に合わせて、
- 蒸し茶と釜炒り茶の茶葉
- 被覆栽培と露地栽培の茶葉
- 茶種や製法による香りの違い
- 一煎目から三煎目までの味の変化
などを、可能な限り比較して伝えます。
二種類を出すこと自体が目的ではありません。
何と何を比べるのか。
どの順番で飲んでもらうのか。
何に注目してもらうのか。
品質、好み、用途、価格をどう分けて説明するのか。
そこまでを含めて、mirumeの接客です。
お茶を選んであげるのではなく、自分で選べるようにする
mirumeは、mirumeの商品だけを選べる人を増やしたいわけではありません。
別の店、別の産地、別の商品に出会ったときにも、
「これは香りに特徴がある」
「品質は高いけれど、今の自分の用途には合わない」
「こちらは自分の好みだが、こちらは価格に対して魅力が小さい」
と、自分なりに考えられる人を増やしたい。
お客さまが他店でもお茶を選べるようになることは、一見するとmirumeに不利に見えます。
しかし、判断基準を持った人がさまざまなお茶を飲み比べた結果、
「mirumeの価格は妥当だった」
「mirumeの説明は正確だった」
「良い点だけでなく、弱点も説明してくれていた」
「自分の好みに合わせて提案してくれていた」
と確認できれば、mirumeへの信頼はより強くなります。
囲い込むことで得る信頼ではなく、自立してもらうことで得る信頼です。
「初めては塗り替えられない」
mirumeには、「初めては塗り替えられない」という言葉があります。
これは、初心者向けだからといって品質を下げてはいけない、という考えから生まれた言葉です。
この考えは、mirumeという店名にも込めています。
mirumeとは、若く、やわらかい、品質の高い芽を指す言葉です。
若い人にも、初めての人にも、品質の高いお茶を届けたい。
店名は、その思いから付けました。
最初に飲んだ日本茶が、その人にとっての日本茶の基準になります。
最初の一杯がおいしくなければ、その人は「日本茶とは、こういうものだ」と思ってしまうかもしれません。
だから、初心者にこそ、良いものを出す。
格式を下げずに、敷居を下げる。
今回の「お茶のものさし」という考えは、その言葉の続きにあります。
塗り替えられないのは、最初の味だけではありません。
最初に受け取った説明。
最初に覚えた商品名。
最初に示された良し悪しの基準。
最初に体験した、お茶の選び方。
それらも、その人がお茶を見る基準になります。
だからmirumeは、最初から店の都合による基準を渡さない。
高いお茶ほど正しいとも、旨味が強いほど良いとも教えない。
品質と好みを分ける。
品質と用途を分ける。
品質と価格を分ける。
そして、実際に二つを比べながら、お客さま自身の感覚を起点に判断基準をつくってもらう。
最初の一杯に責任を持つ。
同時に、最初に渡す「お茶の見方」にも責任を持つ。
それが、mirumeの考える「初めては塗り替えられない」ということです。
mirumeの役割
mirumeは、単にお茶を販売する店ではありません。
お茶を飲んでもらうだけの店でもありません。
お茶を選んであげる店でもありません。
比較を通じて、お客さまの中に、店を越えて使える「お茶のものさし」をつくる店です。
お茶を飲む。
違いに気づく。
自分の好みを知る。
自分で次の一杯を選ぶ。
そして、またお茶を飲みたくなる。
この循環をつくることが、mirumeなりの「お茶を飲む人を増やす」ということです。